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東京地方裁判所 昭和60年(ヨ)2319号 決定

債権者

オッドビヨーン・エギール・ジャーディODDBJORN・EGIL・GJERDE

債権者

ロバート・ジョーン・マクラウドROBERT・JOHN・MCLEOD

右両名代理人弁護士

藍谷邦雄

吉田健

債務者

株式会社アサヒ三教

右代表者代表取締役

潮見三輪

右代理人弁護士

森田武男

主文

1  債権者ロバート・ジョーン・マクラウドが債務者との間に雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  債務者は債権者ロバート・ジョーン・マクラウドに対して金三六九万円及び昭和六二年一月以降同年一二月に至るまでの間毎月末日限り金三〇万円(ただし、一月は金七万五〇〇〇円、五月及び八月は各金一五万円、九月は金二二万五〇〇〇円)を仮に支払え。

3  債権者ロバート・ジョーン・マクラウドのその余の申請及び債権者オッドビヨーン・エギール・ジャーディの申請をいずれも却下する。

4  申請費用は、債務者と債権者ロバート・ジョーン・マクラウドとの間においては全部債務者の負担とし、債務者と債権者オッドビヨーン・エギール・ジャーディとの間においては、債務者に生じた費用を二分し、その一を同債権者の負担とし、その余の費用は、各自の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  債権者ら

1  債権者オッドビヨーン・エギール・ジャーディ(通称バリー、以下「バリー」という。)及び債権者ロバート・ジョーン・マクラウド(以下「マクラウド」という。)が、それぞれ債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  債務者は、債権者バリーに対して昭和六〇年九月から本案判決確定に至るまで、毎月末日かぎり金一五万円を仮に支払え。

3  債務者は、債権者マクラウドに対して、金九万円及び昭和六〇年一一月から本案判決確定に至るまで、毎月末日かぎり金三〇万円を仮に支払え。

との裁判を求める。

二  債務者

「債権者らの申請を却下する。」との裁判を求める。

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  当事者

(一) 債務者は、都内新宿と銀座にASAコミュニティサロンの名称で英語学校を経営する株式会社である。

(二) 債権者バリーは、カナダ人であって、昭和五九年一月一七日から債務者会社に英語教師として雇用されたものであり、債権者マクラウドは、英国人であって、昭和五九年五月から債務者会社に英語教師として雇用されたものである。

(三) 債務者会社の賃金は前月一六日から当月一五日までの分を当月末日に支払われることとなっている。

2  債権者バリーについて

(一) 債権者バリーの賃金は、一時間当たり金三〇〇〇円であり、その稼働時間は月により一定していないが、昭和六〇年六月及び七月の平均は五〇・五時間であった。

(二) 債務者は、昭和六〇年八月二八日で雇用契約の期間が終了したとして、以後債権者バリーを従業員として取り扱わず、賃金の支払もしない。

(三) しかし、債権者バリーの雇用契約は期間の定めのないものであるから、債権者バリーは引き続き債務者会社の従業員としての地位を有するのであり、かつ、一か月平均金一五万円(一時間当たり三〇〇〇円の五〇時間分)の賃金の支払を受ける権利を有する。

(四) 債権者バリーは、外国人であって、我国に何らの資産もなく、債務者会社から得る賃金で生計を維持してきたものであり、かつ、就業査証の発給を受ける関係からも従業員の地位の保全が必要である。

3  債権者マクラウドについて

(一) 債権者マクラウドは、債務者会社との契約により一か月の労働時間が最低でも一月一〇〇時間と定められ、一時間当たりの賃金は金三〇〇〇円であるから、同債権者の一か月の賃金は三〇万円である。

(二) 債務者会社は、昭和六〇年一〇月七日債権者マクラウドに対し解雇の意思表示をした。

(三) しかし、右解雇は、解雇理由がなく無効であるから、債権者マクラウドは債務者会社の従業員としての地位を有し、かつ、一か月金三〇万円(昭和六〇年一〇月末日支払の賃金は一〇月七日から一五日までの九万円)の賃金の支払を受ける権利を有する。

(四) 債権者マクラウドも債権者バリーと同様の理由で賃金の仮払い及び地位の保全を求める必要性がある。

二  申請の理由に対する答弁

1  1の事実は認める。

2  債権者バリーについて

(一) (一)の事実のうち、債権者バリーの賃金が一時間三〇〇〇円であったことは認めるが、その稼働時間は一定しておらず、昭和五〇年六月末支払分は五二時間、七月末支払分は四九時間、八月末支払分は三〇時間、九月末支払分は一五時間であった。

(二) (二)の事実は認める。

(三) (三)、(四)の事実は否認する。

3  債権者マクラウドについて

(一) (一)の事実は否認する。

(二) (二)の事実は認める。

(三) (三)、(四)の事実は否認する。

三  抗弁

1  債権者バリーについて

(一) 債務者会社と債権者バリーとは昭和五九年一月一七日雇用契約を締結したが、その際雇用期間は一年と定めた。そして、右期間は昭和六〇年一月一六日に満了したが、その際、債務者会社と債権者バリーとの合意により同債権者の就業査証が切れる同年八月二八日まで延長された。右の延長がされるに至ったのは、昭和五九年一〇月二〇日債務者会社主催のハローウィン・パーティーの席上同債権者の腕に入れ墨のあることが発見されたことに端を発し、債務者会社においては従業員として不適当であると評価したが、同債権者が入れ墨をしていたこと及びそれについて虚偽の報告をしたことについて陳謝し、再就職先を探すための時間的な猶予を与えてほしいと懇請したため、同債権者の就業査証の切れる昭和六〇年八月二八日まで延長することとしたものである。

(二) 以上のように、債権者バリーの雇用期間は同年八月二八日に満了したため、債務者会社は同債権者を従業員として扱っていないにすぎない。

2  債権者マクラウドについて

(一) 債務者会社は、昭和六〇年一〇月七日、債権者マクラウドを解雇したが、解雇の理由は次のとおりである。

(二) 同債権者は、外国人教師の採用、昇進、教育、解雇等に関する大幅な人事権を有する主任の地位にあったにもかかわらず、他の外国人教師に対して、人事権を有していないと虚偽の事実を吹聴し、昭和六〇年五月自らが委員長となってASA教師組合を結成し、総評全国一般労働組合東京地方本部南部支部に加入した。以上の事実は、就業規則二四条一一号(前各号に準ずる程度の不都合な行為をしたとき)に該当する。

(三) 同債権者は、主任としての業務を行った場合にはその内容を報告する義務があるのにこれを行わなかった。

(1) 債務者会社は、昭和六〇年六月二五日付覚書、同月二六日付覚書及び同月三〇日付覚書により、同債権者に対して、同債権者が担当した教師訓練及びその他の主任業務に関する報告書の提出を命じたが、同債権者は内容の不十分な報告書しか提出しなかった。

(2) 同債権者は、昭和六〇年一月初旬、ロンドンにおいて、申請外ジェフ・バーグと共に債務者会社のために、英国人の教師一七名の採用の業務を行ったが、その際応募者との面接、採否の決定、雇用契約書の締結等すべての手続を担当した。ところが、後日右英国人教師との間に契約内容について争いが生じたため、債務者会社は、同年六月二八日、同債権者に対して具体的に採用の経過を文書により報告するよう求めたが、同債権者は適切な報告をしなかった。

以上の事実は、就業規則二四条一〇号(業務上の指揮命令に違反したとき)に該当する。

(四) 債務者会社においては、欠勤する場合には、事前に届け出たうえ代替勤務要員を自ら手配して確保しなければならないこととされており、このような措置をとらないで欠勤することは解雇理由となるほどの重大な義務違反行為であると理解されている。ところが、同債権者は、次のように多数の欠勤をした。

(1) 昭和六〇年七月一一日に代替教師を用意せずに欠勤した。

(2) 同月一六日に四時台のレッスンを無断欠勤した。

(3) 同月一七日から二四日までストライキと称して欠勤した。ASA教師組合は労働組合としての資格を有しておらず、かつ人事権を有する管理職である同債権者はストライキを行うことは許されない。

(4) 同月二九日に二時間無断欠勤をした。

(5) 同年九月三日から六日までの間有給休暇を取得すると称して欠勤した。しかし、外国人教師については勤務形態の特殊性からして有給休暇は認められない。

以上の事実は、就業規則二四条二号(正当な理由なく無断欠勤・遅刻・早退があったとき)に該当する。

(五) 同債権者は、夏期休暇明けである同年八月二一日以降勤務意欲を欠如する態度を示している。すなわち、債務者会社の英会話教育の特色であるフリータイム制、少人数制及びレベルの細分化制を完全に実施するためには外国人教師のレッスンのスケジュール調整が不可欠であり、それには外国人教師がスケジュール調整に積極的に協力することが必要である。ところが、同債権者は、同年八月二一日に出社して、債務者会社の担当者から今後無断欠勤をしないよう誓約を求められたのにこれを拒否し、スケジュールの調整についての話合いをも拒否したため、同債権者を授業のスケジュールに入れることができなくなった。その後も債務者会社は同年九月一〇日及び一三日にスケジュール調整に関する話合いを求めたが、同債権者はこれを拒否した。

以上の事実は、就業規則二四条一〇号(業務上の指揮命令に違反したとき)又は一一号(前各号に準ずる程度の不都合な行為をしたとき)に該当する。

(六) 同債権者らは、組合活動と称して債務者会社の構内で、文書を掲示したり、配布したりした。また、就業時間中に他の外国人教師に対して組合に加入するよう勧誘した。以上の行為は、就業規則二三条八号(会社の建物内及びその付近で業務外の集会、文書の掲示配布あるいは演説・放送等は行わないこと)、二四条一号(労働契約、会社の諸規則、及び正当な理由なく会社の指示・命令に反したとき)に該当する。

(七) 同債権者は勤務成績が不良である。すなわち、

(1) 前記(三)記載のように主任業務報告書の提出を怠った。

(2) 同債権者は昭和五九年九月ころから昭和六〇年一月ころまでの間、デープ・ローズ及びスーザン・ニールと共にカリキュラム作成の作業を行った。ところが、同債権者らは、しばしばカリキュラム作成場所を離れて漫然と時間を過ごすことが多く、延八一九・五時間ないし八三〇・五時間を要して作成されたカリキュラムは、最大に見積っても四二〇時間あれば十分作成することができる程度のものにすぎなかった上、その内容も安直なもので、レッスン用として使用に耐えないものであった。

(3) 前記(四)のとおり欠勤が多い。

以上の事実は、就業規則二四条一〇号(業務上の指揮命令に違反したとき)に該当する。

(八) 以上(二)から(七)までの事実を総合的に考察すれば、懲戒解雇の理由を認めるに十分である。

四  抗弁に対する答弁

1  債権者バリーについて

(一) 債務者会社と債権者との雇用契約の期間が一年と定められたことは否認する。雇用契約には期間の定めがなかった。同債権者が「昭和六〇年八月二八日の契約の期限まで」と記載された書面(疎乙第二〇号証)に署名をしたことはあるが、それは、同債権者がハローウィン・パーティーの席上入れ墨を見せたことに対する制裁として時間給三〇〇〇円から二五〇〇円に減額する期間を定めた意味を持つにすぎない。

(二) 右疎乙第二〇号証は、入れ墨を見せたことに対する制裁として解雇もありうるとの債務者会社の言動に対して畏怖した結果作成されたものであって無効である。

(三) 仮りに、右疎乙第二〇号証により雇用の期限を昭和六〇年八月二八日とすることが合意されたとしても、同債権者と債務者会社とは、同年六月一〇日に雇用契約の期限を定めのないものとする旨の合意をした。

2  債権者マクラウドについて

(一) 抗弁2(二)のうち、同債権者が委員長となって労働組合を結成したことは認めるがその余の事実は否認する。

(二) 抗弁2(三)について

(1) (1)の事実は否認する。同債権者は債務者会社の命令に応じて業務報告書を提出した。

(2) 同(2)の事実は否認する。同債権者がジェフ・バーグと共にロンドンにおける英国人教師の採用面接に立ち会ったのは事実であるが、採否の決定は債務者代表者が行ったものであり、同債権者はその補助をしたにすぎない。もっとも、右契約についての釈明要求に対し、同債権者は書面により報告をしている。

(三) 抗弁2(四)について

(4)の事実は認めるが、その余の事実は否認する。

(1)については、当日東京都地方労働委員会の調査期日が行われることとなっていたので、同債権者は一週間前に債務者会社に欠勤する旨を届け出た。

(2)については、当日同債権者はパープルの授業(初心者を対象とする授業)を割り当てられていたが、四時台にパープルの担当教師は二人いたところ、生徒は一人しか来なかったので、パープルの授業は他の一人にしてもらい、同債権者は主任としての仕事をしたものである。

(3)については、昭和六〇年七月一七日及び一八日の二日間事前に口頭で通告をしたうえ、ストライキをした。このストライキは、債務者会社が同債権者に対して継続してパープルの授業を担当させるという過酷なスケジュールを命じたことに対し、ASA教師組合の所属する総評全国一般労働組合東京地方本部南部支部の指令に基づき指名ストライキとして実行したものである。そして、同月一九日にこれを解除する通告したのにかかわらず債務者会社において同月二四日まで就労を認めなかったものである。

同(5)については、同債権者は事前に有給休暇の申請をして休暇を取ったものであり、この有給休暇は正当なものである。すなわち、同債権者の勤務日は一週間につき火曜日から金曜日までの四日間で一日六時間であるから実働二四時間、拘束三〇時間であり、既に一年間継続して勤務をし、その間所定労働時間の八割以上の日を就労しているのであるから、労働基準法三九条に基づき年次有給休暇を取得することができるのである。

(四) 抗弁2の(五)から(七)までの事実は否認する。

理由

一  申請の理由1の事実は、当事者間に争いがない。

二  債権者バリーについて

1  債務者会社が昭和六〇年八月二八日で雇用契約の期間が終了したとして以後債権者バリーを従業員として取り扱わず、賃金の支払もしていないことは、当事者間に争いがない。

2  そこで、債権者バリーとの間の雇用契約について債務者の主張するような期間が定められたか否かについて検討する。

疎明資料及び審尋の結果によれば、次の事実が一応認められる。

昭和五九年一〇月に債務者会社が主催するハローウィン・パーティーにおいて、債権者バリーはロックバンドの一員として出演したが、その際腕に入れ墨をしていることが発見された。その後、債務者会社代表潮見三輪(以下「潮見社長」という。)が、同債権者の入れ墨が本物なのかどうかを照会したところ、同債権者は当初本物でないと答えていたが、後にこれが本物であることを認めた。そこで、潮見社長は入れ墨をしている者は教師として好ましくないとし、同債権者の同僚マイケル・フィンクを通じて雇用関係を存続させるか否かの話合いが行われたが、昭和六〇年一月中ころ、同債権者が入れ墨について偽りを述べたことを陳謝し、時間給を従前の三〇〇〇円から二五〇〇円に減額すること及びその雇用契約の期間を就業査証の期間が到来する同年八月二八日までとすることの合意が成立し、同債権者は、同年二月七日付けでその旨の陳謝状(疎乙第二〇号証)を潮見社長あて提出し、以後右の合意に従って就労をしていた。

以上の事実が一応認められ、この事実によれば、債権者バリーは、雇用契約の期間を同年八月二八日までとすることに同意したものと認めることができる。同債権者は、右の陳謝状は、入れ墨を見せたことに対する制裁として解雇もありうるとの債務者会社の言動に対して畏怖した結果作成されたものであると主張するけれども、これを認めるに足りる疎明はなく、この主張は採用することができない。

3  次に、債権者バリーは昭和六〇在六月一〇日に雇用契約の期限を定めのないものとする旨の合意がされたと主張するので、この点について検討する。

疎明資料及び審尋の結果によれば、同年五月二〇日ころ債務者会社の外国人教師によりASA教師組合が結成され、同債権者の時間給減額に対して外国人教師間で同情がよせられたこともあって、同月末ころ、同債権者と債務者会社との間で、債務者会社は同債権者の時間給を減額の当初にさかのぼって三〇〇〇円に復し、差額分の支払をすること、同債権者は生徒や他の教師に入れ墨を見せないこと、同債権者の授業時間を増加することが合意され、同年六月一〇日付けでその旨の書面(疎甲第二号証)が作成されたこと、その書面では同債権者の雇用の期間については何らふれられていないことが一応認められる。債権者バリーは、雇用期間が同年八月二八日までであるとすると、八月一日から二〇日までの夏休みの期間を考慮すると、残された期間は極めて短いので、授業時間を増加する約束などするはずがなく、右書面作成当時は雇用期間の延長が前提となっていると主張するけれども、仮りに雇用期間延長の合意がされたとするなら、そのことが書面上明記されることが自然であって、そのような記載がないことは、そのような合意がなかったことをうかがわせる有力な資料といえる。他に雇用期間を変更する旨の合意があったことを認めるに足りる疎明はない。

4  そうすると、債権者バリーの雇用契約は昭和六〇年八月二八日をもって終了したものということになるから、その後も雇用契約が存続することを前提とする同債権者の本件申請は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

三  債権者マクラウドについて

1  債務者会社が昭和六〇年一〇月七日債権者マクラウドを解雇する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。そして、疎明資料によれば、右解雇は、外国人教職員就業規則二四条に基づく懲戒解雇であること、右規則二四条は、

「会社は外国人教職員が次の事項に該当したときはこれを懲戒することができる。

懲戒はけん責、減給、出勤停止、懲戒解雇とし、情状によりこれを選択して行う。

(1)  労働契約、会社の諸規則、及び正当な理由なく会社の指示・命令に反したとき。

(2)  正当な理由なく無断欠勤・遅刻・早退があったとき。

(10) 業務上の指揮命令に違反したとき。

(11) 前各号に準ずる程度の不都合な行為をしたとき。」

と定めていることが一応認められる。

2  そこで、債権者マクラウドにつき、就業規則に定める懲戒理由があるか否かについて検討する。

(一)  抗弁2の(二)について

債務者は、債権者マクラウドが外国人教師の採用、昇進、教育、解雇等に関する大幅な人事権を有する主任の地位にあるのにかかわらず、そうでないと虚偽の事実を吹聴し、労働組合を結成したと主張する。

同債権者が昭和六〇年五月二〇日ころ結成されたASA教師組合の委員長となったことは当事者間に争いがない。そして、疎明資料によれば、同債権者と債務者会社とは、昭和六〇年六月一〇日に同債権者が同年五月一六日付けで教師訓練の主任(Supervisor―Teacher―Training)の地位に就くことに合意し、その旨の合意書(疎甲第六号証)を作成したこと、右書面によれば、主任の責任は、「〈1〉現在の種々の組織に新任の教師を順応させること、〈2〉二日間のオリエンテーションの結果を新任の教師から報告させること、〈3〉WIカリキュラムを用いて新任の教師を訓練すること、〈4〉人事評価を行うこと、〈5〉授業を改善する方法を新旧の教師たちと討論すること、〈6〉ASAで用いることが可能な新技術を開発すること、〈7〉通常の授業を教えること、〈8〉会社が文書で指示するその他の責任を遂行すること」と記載され、その権限は、「〈1〉教師の授業のやり方を評価するために、教室で授業を聞くこと、〈2〉授業の改善や教材などの方法について、教師に助言すること、並びに水準以下にとどまっている授業に注意をうながすこと、〈3〉会社が特に文書によって付与するその他の権限」と記載されていることが、一応認められる。

右事実によれば、同債権者の有する権限は、外国人教師の教育、訓練に関する事項に限られ、採用、解雇に関する権限は全く有していないことが認められる。債務者会社代表者は、その審尋において、疎甲第六号証は同債権者の有する権限の一部を記載したにすぎず、また、同債権者は右書面が作成される以前の昭和五九年九月から債務者会社の実質的主任となり、外国人教師に関する採用、解雇を含む大幅な人事権を有していたと供述するけれども、その供述する実質的主任にはいかなる行為によって任命されたのか、実質的主任の権限の範囲はいかなるものであるかについての供述は極めてあいまいであって、にわかに信用することができない。その他同債権者が労働組合法二条一号に定める「雇入解雇昇進又は異動に関して直接の権限を持つ監督的地位にある労働者」であると認めるに足りる疎明はない。

従って、同債権者が虚偽の事実を吹聴し、労働組合を結成したことが懲戒の理由に該当するとの債務者会社の主張は理由がない。

(二)  抗弁2の(三)について

(1) (三)の(1)について

疎明資料及び審尋の結果によれば、債務者会社が債権者マクラウドに対し教師訓練及びその他の主任業務に関する報告書の提出を求めたのは、同債権者が当初提出した報告書では主任業務を行ったとして賃金の支払をするには内容が具体的でなく賃金の支払をすることができないとしたからであって、同債権者が主任業務に従事したとする時間に対し賃金の支払をするか否かの判断に必要であったからにすぎないことが一応認められる。従って、その報告書が提出されないとかその内容が不十分であるからといって、そのことを賃金の支払をするか否かの資料にすることができることは格別、そのことをもって懲戒処分の理由とすることはできないといわなければならない。

(2) (三)の(2)について

疎明資料及び審尋の結果によれば、債務者会社は、昭和六〇年一月初旬、ロンドンにおいて、債務者会社の英国人の教師の採用面接を行ったこと、右面接は潮見社長、債権者マクラウド及び申請外ジェフ・バーグの三名が行ったこと、潮見社長は英会話が十分できないため、応募者への質問は主に同債権者及びジェフ・バーグが行ったこと、右採用面接の企画、立案は同債権者及びジェフ・バーグが行ったが、その実施の要領や契約条件については予め潮見社長や事務担当者と打合せを行い、潮見社長も知悉していたこと、採否の決定、契約書の締結には潮見社長も関与していたこと、債務者会社の右契約に関する照会について同債権者及びジェフ・バーグは一応の回答をしていること、が、一応認められる。そうすると、債務者会社が同債権者に対して具体的に採用の経過を文書により報告するよう求めたのは、どのような必要に基づくものかは理解し難いのであるが、その点はさておいても、同債権者及びジェフ・バーグは、照会に対する一応の回答をしているのであるから、債務者の主張は失当である。

(三)  抗弁2の(四)について

まず、債務者は、債務者会社においては、欠勤する場合には、事前に届け出たうえ代替勤務要員を自ら手配して確保しなければならないこととされていると主張するけれども、欠勤の旨を数日前に届け出た場合のように使用者において代替勤務者の手配をする余裕のある場合にまで、代替勤務要員を自ら確保すべき義務が教師に生じるものとは到底解し難い(そのような場合には使用者において代替の勤務者を手配すべきである。)。以上のことを前提として、各個の主張について判断する。

(1) 四の(1)について

債権者マクラウドが昭和六〇年七月一一日欠勤したことは当事者間に争いがないけれども、疎明資料及び審尋の結果によれば、当日は、東京都地方労働委員会において総評全国一般労働組合東京地方本部南部支部が債務者会社を相手として申し立てた不当労働行為救済申立事件の調査が予定されており、同債権者はその約一週間前に欠勤の届出をしたことが一応認められるから、この欠勤を懲戒の理由とすることはできない。

(2) (四)の(2)について

債務者は、債権者マクラウドが同年七月一六日の四時台のレッスンを無断欠勤したと主張するけれども、この点についての疎明はない。

(3) (四)の(3)について

債権者マクラウドが同年七月一七日及び一八日の両日にストライキと称して欠勤したことは、当事者間に争いがない。疎明資料及び審尋の結果によれば、同債権者は、債務者会社が同年七月一六日に同債権者に対して今後常にパープル(完全な初心者クラス)の授業を担当させるという授業割当てをしたことに対して、抗議及び変更要求の趣旨で、ASA教師組合の所属する総評全国一般労働組合東京地方本部南部支部の指令に基づき指名ストライキを実行したものであることが一応認められる。そうすると、同債権者の右両日の欠勤は正当な争議行為であるから、これを理由として懲戒をすることは許されない。債務者は、ASA教師組合は労働組合としての資格を有しておらず、かつ、同債権者は人事権を有する管理職であるからストライキをすることは許されないと主張するけれども、同債権者が人事権を有する管理職とは認められないことは前記(一)のとおりであるし、債務者がASA教師組合を労働組合の資格を有しないとする理由も同債権者ら人事権を有する主任が役員になっているということであるところ、同債権者についてはその主張は失当であり、他の役員が人事権を有することについての十分な疎明もないから、債務者の主張は失当である。

また、債務者は、同債権者は七月一九日以降も二四日までストライキと称して欠勤したと主張するけれども、疎明資料及び審尋の結果によれば、同債権者は七月一九日にはストライキを解除したので授業の割当てをしてほしい旨申し出たのに対し、債務者会社においては正式なストライキ解除の通告がない以上就労を認めることはできないとして同債権者の就労を拒否したものであることが一応認められるから、債務者会社の主張は失当である。

(4) (四)の(4)について

債権者マクラウドが同年七月二九日に二時間無断欠勤したことは、当事者間に争いがない。

(5) (四)の(5)について

債権者マクラウドが同年九月三日から六日までの間有給休暇を取得すると称して欠勤したことは、当事者間に争いがない。同債権者につき年次有給休暇請求権が認められるか否かについては争いがあるけれども、審尋の結果によれば、同債権者が予め欠勤することを届け出たことが一応認められるから、これを理由として懲戒処分をすることは許されない。

(6) そうすると、抗弁2の(四)のうち、懲戒処分の理由となり得るのは、(4)の二時間の無断欠勤のみである。

(四)  抗弁2の(五)について

疎明資料及び審尋の結果によれば、債務者会社の夏の休暇が終った翌日である昭和六〇年八月二一日に債権者マクラウドが出勤したところ、債務者会社の担当者は無断欠勤についての謝罪文を提出しない限り、授業の割当てをしないとし、同債権者はこれに抗議して授業を担当させるように要求し、翌二二日も同様のやりとりがあったこと、その後も債務者会社は同債権者に対して授業の割当てをしていないこと、債務者会社においては会社から授業の割当てがない限り、外国人教師は授業をすることができないことが、一応認められる。そうすると、同債権者が八月二一日以降授業をしていないのは、授業の割当てがないからであるということができる。これに対して、債務者は、授業の割当てをするには外国人教師の協力が必要であるのに同債権者がこれに協力しないため授業の割当てができないのであって、授業の割当てができないのは同債権者の側に責任があると主張する。そして、債務者会社の代表者はその審尋においてその旨の供述をしているほか、債務者会社の従業員もこれと同旨の陳述書を提出しており、これらの者は、債務者会社では、英会話の授業につき、フリータイム制、少人数制及びレベルの細分化制という三大特色を備えた制度を採用しているが故に授業の割当てにつき教師の協力が不可欠であるとしている。しかし、疎明資料及び審尋の結果によれば、債務者会社の採用している右の制度から帰結されることは、生徒は予約なしに何時でも授業を受けることができることとなっているため、ある特定の曜日の特定の時間帯に授業を受けにくる生徒の数及びその会話のレベルがその授業時間が開始される一〇分前にならなければ確定しないので、必然的にその時間帯に必要な教師の員数もその時間が開始される一〇分前にならなければ確定することができないということであって、これに対処するために債務者会社においては常にある特定の曜日の特定の時間帯に必要な教師の員数を予想し、それを確保するための作業を行わなければならず、仮りに右の予想が外れた場合には、一定の範囲内では一人の教師の担当する生徒数を増減することによって調整が可能であるが、その範囲を超えた場合には、登校した教師に授業を担当させない(生徒の人数が少なかった場合)とか、授業担当の予定がなかった教師に急拠授業の担当を命じる(生徒の人数が多かった場合)とかの措置を講じなければならないということが、一応認められる。従って、右に述べた限りでは、授業の担当について教師の側での協力が必要となるのであるけれども、教師の側からみた場合に、何曜日の何時限の授業を担当するかは、予め定まっているのであり、ただそれが一定の場合には変更を求められることがあり得るというにすぎない。それ故、債務者会社が教師に授業割当てをするについて教師の協力が不可欠であるというのは、右のような予想外の事態に対処する必要がある場合とか他の教師が欠勤する場合の代替授業の場合に限られるのであって、同債権者に全く授業の割当てをしなかったことにつき同債権者の協力がなかったことを理由としてこれを正当化することはできないというべきである。

そうであるとすれば、八月二一日以降の同債権者の態度が勤務意欲に欠けるとすることはできない。

(五)  抗弁2の(六)について

疎明資料及び審尋の結果によれば、債権者マクラウドはASA教師組合が結成されたことや、債務者会社との交渉の内容などを記載したビラを数回にわたり債務者会社の教師控室に掲示したり、他の従業員に配布したこと、しかし、右のビラの形状及び記載内容は債務者会社の秩序を乱すほどのものではないことが一応認められるから、このことが懲戒の理由になるとは考え難い。更に、債務者は、同債権者は就業時間内に他の外国人教師に対してASA教師組合に加入するように勧誘したと主張するけれども、これを認めるに足りる疎明はない。

(六)  抗弁2の(七)について

(1) (七)の(1)について

債務者は、債権者マクラウドが業務報告書の提出を怠ったことを同債権者の勤務成績不良を裏付ける事実として主張するけれども、同債権者が報告書の提出を怠ったといえないことは前記(二)記載のとおりであるから、この点を懲戒処分の理由とすることはできない。

(2) (七)の(2)について

債務者は債権者マクラウドらが作成したカリキュラムについては、必要時間の二倍以上の時間を使って不十分なものしか作成できなかったと主張するけれども同債権者らがカリキュラム作成に必要時間の二倍以上の時間を使ったことを認めるに足りる疎明はない(疎乙第八八号証によっても右の事実を認める十分な疎明とはいい難い。)。

(3) (七)の(3)について

債権者マクラウドの欠勤について前記(三)のとおりである。

(七)  以上のとおり、債務者の主張する解雇理由のうち、懲戒処分の理由となり得るのは、前記(三)の(4)の昭和六〇年七月二九日の二時間の無断欠勤のみであるが、これをもって解雇の理由とするのは解雇権の濫用であって、無効であることは明らかである。

3  以上のとおり、債権者マクラウドに対する解雇は無効であるから、同債権者は債務者会社の教師の地位を有していることになる。そして、疎明資料によると、同債権者の賃金は、勤務した時間に対する時間給(一時間当たり金三〇〇〇円)であって、月によって一定しないが、通常の月(五月、八月、九月及び一月以外の月)では概ね金三〇万円、五月(四月一六日から五月一五日までの勤務分)及び八月(七月一六日から八月一五日までの勤務分)については通常の月の半分の金一五万円、九月(八月一六日から九月一五までの勤務分)については通常の月の四分の三の金二二万五〇〇〇円、一月(一二月一六日から一月一五日までの勤務分)については通常の月の四分の一の金七万五〇〇〇円であることが、一応認められる。

4  次に、保全の必要性について検討すると、疎明資料及び審尋の結果によると、債権者マクラウドは英国人であって、我が国においては見るべき資産もなく、債務者会社から得る賃金で生計を維持していたが、本件解雇後は不安定なアルバイトや借金等で生計を維持していること、また、同債権者が我が国における在留資格を認められるためには一定の職業についていることが必要であることが、一応認められる。以上の事実及び疎明資料により認められる我が国における英会話教師の求人状況等を考えると、債務者会社の従業員の地位を仮に定めるとともに、賃金については、解雇の日からこの決定後一年間に限り、(既往の昭和六一年一二月までの分は金三六九万円となる。)、仮払いを命じる限度で保全の必要性があるものと認めるのが相当である。

四  むすび

よって、本件仮処分申請は、債権者バリーについては被保全権利の疎明がなく、保証をもってこれに代えることも相当でないから、これを却下し、債権者マクラウドについては、主文第一項及び第二項記載の限度で理由があるから保証を立てさせないでこれを認容し、その余の申請は理由がないから却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条ただし書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 今井功)

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